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空木の影 小さな窓に

14
2018  22:43:03

白い柱

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かつて、日本には人身御供というものがあったようだ。

たちえば天候が悪い日が続き、農作物が思うように収穫できなかったり、嵐や地震などの災害が生じたときに、村人たちは、神の怒りを鎮めなければならないという発想を持ったらしい。そして、村に住んでいる一人の人間が選ばれ、犠牲になったという。

選ばれた人間は、川などに入り、人生を終えたようだ。一人の人間が犠牲になって、村の様子はどのように変わったのだろうか。

しかし時代が変わる中で、人が犠牲になることを改めるようになっていったようだ。

やがて人の首に見立てて作られた饅頭や、粘土の埴輪等が使用されたり、または一生を神に捧げるような奉仕活動を行うという方向に改められるなどして、社会の近代化とともに終息していったという。




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 ビアンカパール

1 Comments

miki2017  

yさん

犠牲者たちは恐怖に打ち勝つために麻薬を用いたのですね。映画「バベル」でも、主人公の苦痛を和らげるために薬が使われていた場面があったことを思い出しました。

神のために犠牲になった者たちの心境はどのようなものだったのでしょうか。歴史を知っていきたいと思います。

先日から、メディアアーティストであり大学教員の落合陽一の著作を読んでいます。これからの人間の生きていく環境について考えていたのですが、もともと人類の歴史を紐解いてみると、論理的に説明できないものや、捉えようのない問題を「魔術」や「神の領域」とし、うやむやにしてきたのだな~と思ったのです。

2018/02/15 (Thu) 21:37 | EDIT | REPLY |   

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